2005年 7月 1日(火)
埼玉県さいたま市のJR大宮駅周辺で、埼玉県南水道企業団とさいたま市水道部のマンホールの蓋を撮影する。癸卯雑識用である。

2005年 7月 5日(火)
トップページの写真を今年の4月14日に撮影した野方配水塔の写真にとりかえる。1976年6月20日に撮影した大谷口水道タンクの写真のページを増設して、写真を2枚アップする。1枚は先月24日からトップページに出していたものであり、もう1枚は昨年7月にトップページに置いていたものである。

2005年 7月10日(日)
東京都清瀬市にある蔓性植物に覆われた給水塔らしきモノを見に行く。梅雨の晴れ間で気温が高くなっているのは想定の範囲内だ。暑くたっていいじゃないか7月だもの。そういうわけで汗だくで現地に着いてみると、形状はたしかに給水塔のように見えるが、すでに用途を停止して久しいらしく、はっきりしたことはわからないといったところのようだ。とりあえず“不適切な投稿”のほうにまわすことにする。ついでに台田団地の給水塔の写真もとったわい。

2005年 7月14日(木)
“不適切な投稿”に“蔓性中毒系”というカテゴリーを新設して、そこに10日に撮影した東京都清瀬市の蔓性物件の写真を4枚アップする。

2005年 7月20日(水)
豊島病院の前のバス停から赤57という系統のバスに乗って赤羽に行く。このバスは日大病院の構内からやってくるバスで、病院のハシゴができるという便利な路線だ。ついでに帝京大学病院にも寄ってくれるともっと便利だと思うのだが、大病院を3軒ハシゴするほどの元気がある病人なら、板橋本町のバス停から石神井川に沿って歩いて行けということなのであろう。春には花見もできるし。さて、赤羽は実は給水塔密度が高いところなのである。当サイトでもすでにMSさん撮影の2基の写真が物件センターに出ている。しかし、確認できただけでもさらに3基あるので、そのあたりを調査するために現地におもむく必要があった。まずは赤羽西五丁目物件から赤羽台二丁目物件を経て、桐ヶ丘一丁目、桐ヶ丘二丁目の両物件を確認し、赤羽台四丁目のS学園物件に至った。アップダウンのはげしい地形なれば、疲弊はなはだしきも収穫少なからず、まずは満足して帰宅す。

2005年 7月22日(金)
トップページの写真を20日に撮影した赤羽台二丁目物件のものにとりかえる。

2005年 7月26日(火)
台風7号が房総半島の東海岸に上陸して、すぐに太平洋上に抜けて行った。東京は風雨ともたいしたことなく、東京ドームの野球もやっていた。阪神勝ち読売敗る。阪神シーツ選手の本塁打量産(3本も打ちよった)はドーム内の気圧低下によるものだろうか。宇都宮の片野さんから、戸祭配水場の写真を送っていただいた。

2005年 7月27日(水)
台風が去り朝からペカペカと晴れた。10日に清瀬に行った帰りに西武池袋線の電車の中から見えた給水塔の写真をとりに行く。池袋まで東武東上線で行って、西武池袋線に乗り換え、練馬高野台駅で下りる。高架線のホームから物件が見える。改札を出て近づいて行って、都営の南田中団地の給水塔であることを知る。台風一過の空をバックにバシャバシャと熱写する。団地の中を石神井川が流れている。このあたりでは水際まで下りられるようになっている。鴨や鯉の姿が見える。清流なのだ。板橋区内を流れる石神井川とはえらいちがいだ。練馬アメダスの最高気温は34.7℃だった。夕方6時近くまで熱写した。宇都宮の戸祭配水場の写真を1枚アップする。

2005年 7月28日(木)
空の色にそそのかされて、また豊島病院の前のバス停から赤57系統のバスに乗って赤羽に行く。今回は、赤羽西五丁目物件、赤羽台二丁目物件、桐ヶ丘一丁目物件の3基を熱写した。練馬アメダスの最高気温は34.3℃ということであったが、赤羽方面も似たようなものであっただろう。

2005年 7月29日(金)
静岡県駿東郡清水町のK美術館の館長さんである越沼さんから三島市の水道タンクの写真を送っていただいた。ちょっと妖気を感じさせる好物件なり。宇都宮の片野さんからは、戸祭配水場の写真を送っていただいた。トップページの写真を、27日に撮影した南田中団地の給水塔の写真にとりかえる。トンボが画面に入り込んでいた。

2005年 7月31日(日)
宇都宮の戸祭配水場の写真をさらに2枚アップする。


2005年8月の業務日報

             

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